格闘技の試合でセコンドして思ったこと

益荒男の試合のセコンド セコンド

先日、格闘技の試合のセコンドで八王子に行きました。

とても綺麗で大きな会場です。

益荒男の会場で開場前の様子

花道も豪華で、ここを入場するとなると否が応でもテンションが上がるってなもんですね。

それはさておき。

MMAクラスに参加されている練習仲間Sさんの、とても大切な1戦。

毎度のことながら、私が過度に緊張してしまう中、いざ試合を迎えることに。

残念ながら勝利することはできませんでした。

練習に対して真面目に取り組み、過酷な減量をクリアした姿を知っているだけに、めちゃくちゃ悔しい。

結果は仕方ないですし、次やり返せば良いと思います。

ただ、「相手は有名でちゃんとしたジムの選手だから」という声をいくつか聞いて、違和感を覚えずにはいられませんでした。

相手の情報によって実際の姿よりも大きく見えてしまうことがある

格闘技に限らずですが、相手と対戦して競うというシチェーションで「相手の情報」に惑わされてしまうことがあります。

どんな競技を経験してきたのか?
・年齢は何歳なのか?
・どこのジムに所属しているのか?
・そのジムにはどんな選手がいるのか?

特に今は、情報が簡単に手に入ります。

試合映像も観ることができますし。

それは便利なことですが、「相手は強そうだな…」と恐怖心が生まれてしまうこともあるのです。

そうなると、試合前から相手に呑まれてしまいかねません。

なんでそう言えるのかというと、私自身がこれまで何度も相手に呑まれて、苦い経験をしてきたからです。

格闘技は多かれ少なかれ「痛み」を伴うものですから、余計に相手の周りの環境などが気になってしまうのかもしれません。

相手は人間だしそこまで差があるわけない

考えてみたら、たとえ相手が有名選手が運営するジムの選手であっても、身体の構造が変わるわけではありません。

有名ジムに入会した途端に肺が3つになるわけでもないし、痛覚が消えるわけでもない。

大腿四頭筋が大腿五頭筋になることもないし、目が3つになることもない。

人間である以上、対戦相手だって同じように恐怖心を感じるはず。

「環境」そのものだけで、そこまで差が生まれるでしょうか。

相手が強いからと言って「自分が弱い」とはならない

対戦する相手が実際強いのかもしれません。

でもだからといって、「じゃあ自分が弱い」とはならないでしょう?

競い合えば優劣は付くかもしれませんが、そういうことです。

それに「強さ」と「試合の勝敗」は必ずしも一致しません。

相手が強いパンチを持っていたとしても、当たらなければ無関係なわけです。

要は「やってみなければ分からない」ということ。

決して甘いことをやってきた訳ではないんだけど…

今回の試合、相手は間違いなく強かったです。

パンチの切れも凄まじかった。

所属するジムでしっかり練習しているんだと思います。

でもこちらだって十分に考えて練習してきたつもりですし、本人も数々の努力を重ねてきたはずです。

うちの道場が「ちゃんとしている」かは主観なのでなんとも言えませんが、決して甘いことをやってきた訳ではありません。

何より、Sさんは間違いなく強い選手です。

とはいえ、もし練習によって自信が持てなかったのだとしたら、私としても申し訳なく思います。

呑まれるのはもったいない!環境に関係なく勝てると信じたい

試合前から呑まれてしまうのはもったいない。

相手も人間だし、勝負はやってみるまで分からない。

私は、環境に関係なく勝てると信じたいです。

そのための工夫は当然必要ですが、できると思っています。

「相手は◯◯の所属だから負けてもしょうがない」と言われるのは嫌だな。

どうなんでしょう?

結局のところ、相手の情報とか映像って観たほうがよいんでしょうか?
それとも観ないほうが良いんでしょうか?

誰かが「相手の映像を観ると、相手の試合になってしまう」と言っていた気がします。

相手のことは関係なく、自分がやるべきことをやって勝ちを目指すのが試合なのかもしれません。

益荒男のセコンドの様子

先日は本当に悔しかった。

その中で思ったことを綴りました。