平成も終盤になってきました。いよいよ令和です。
令和って凄くかっこいい名前ですよね!早く新時代来てほしいですわ。
先日、私が担当する月曜日クラスがありました。
MMA(総合格闘技)やグラップリング(関節技)の練習をするクラスですが、とても盛り上がりました。
練習後にビールの差し入れをいただき、ありがたくその場で飲んでしまいました(笑)
練習後のビールは美味しい、そしてすぐ回る。
5月に「アブダビコンバット」っていう寝技の世界大会のアジア予選会が開催され、出場することになっています。
それに向けて練習にも熱が入っています。
今回は、「練習環境」について思ったことを書きたいと思います。
「環境の問題」はどこにだってある
特に格闘技は相手と戦う種目なので、どうしても強い相手がいる環境が欲しくなるもの。
やっぱり練習相手に恵まれた環境っていうのはありがたいものです。
そんな充実した練習場所が全国至る所にあれば良いですが、残念ながらそれは難しいもの。
かといって、練習環境がある場所にすぐに移動っていうのもなかなか難しいのが現実ですよね。
環境の問題や、悩みっていうのは誰しも持っているものではないでしょうか。
柔道強豪校に対し燃えた時代
私が環境の違いを意識し、燃えたのが高校時代。
超弱小柔道部に所属していた私は、同じ地域の県内トップの強豪校に対し「何コラ、タココラ」と燃えていました。
私立の高校って、中学時代に強かった選手をスカウトして入れて、強さを保ってるじゃないですか。
高校から柔道を始めた私は、なんか気に入らなかったんだよな。
試合する前から順序とか決めてんじゃねぇって思ってた。
小学校、中学校から柔道で鳴らしていた選手に対し、投げ技で対抗しても難しいと感じたので、「寝技」を研究したり、同じく少人数だった学校と合同練習したりしました。
おかげで、先述の柔道強豪校選手に対し腕十字で勝つことができたり、団体で2位になれたりしました。
環境が良くなくたって、やり方次第でなんとかなるのではという体験でした。
「練習場所が無い」って悩んでいた
今年の初めに所属していた柔術道場を離れ、その他色々あって練習するのは限られた場所しかありませんでした。
今所属している小金井の道場とレスリング教室くらい。
離れたのも自分の選択だったのはいえ、練習場所が少ないのは不安でした。
近くで出稽古できるところがないか探したり、「どっか練習する場所ないですかねぇ」と練習仲間と話したりしていました。
無いなら作れば良いのでは?
でも、ある時ふと思いました。
「練習する場所ないかな?」って自分勝手な考えじゃないって。
何か違う。練習している場所を探すだけが方法じゃない。
練習場所が無いなら、作ればいいじゃんって思ったんですわ。
近くに練習場所が無いか探すだけじゃ何も変わらない。
無ければ「運が悪かった」となってしまう。
でも、作るなり集めたりして場所を構築すればOKじゃん。
そう思うようになってから、私の環境は悪くないし、むしろ恵まれていると感じました。
練習仲間が付き合ってくれる有り難い環境
道場の仲間が練習に付き合ってくれて、しっかり追い込んでくれます。
こっちはかなりハンデ付けたうえで、必死になって練習させてもらっています。
理解がある仲間が数人いれば充分だし、一人でできる練習だってたくさんある。
考え方が変わり、それだけで可能性が増えた気がしました。
考えない・工夫しないと思考停止に陥る
練習内容を工夫したり、常に考えて進められれば上達スピードも違うと思うんですよね。
逆に環境が良くたって、何も考えなかったり工夫しなかったら思考停止に陥ってしまうはずです。
「皆がやってる練習をやるのが当たり前」これも思考停止ですよね。
勝つなら、他がやらないことやる必要があるはず。疑わないといけないですよね(自戒を込め)
要するに、こうやって考えながら練習を作って上手くなるのも格闘技の面白さかなと気づいたのです。
そりゃ時間はかかるかもしれませんが、一から作って目標達成したときの喜びは格別でしょう。
世の中を変えた画期的な商品やサービスだって、もとは姿や形がなかったわけです。
悩みや困難を解決するツールとして誕生したのであって、想いがあれば産み出すことができるんです。
あるなら活用する、無いなら作る!
今恵まれた環境があるなら、存分に活用するのが正解だと思います。
そして恵まれた環境が無いなら、嘆くのではなく、あるものを利用し作ればいいんですよ。
それが面白さの一つですよ。
しかも、今は情報がいくらでも手に入ります。
昔はある場所にいかなきゃ手に入らない情報も、オンラインでいつでも見ることができます。
ということは、必要なのは信頼できる数人の仲間だけです。
ここに来て、新たな格闘技の面白さに気づいてしまいました(笑)
上手く行ったら、本でも書きたいな(笑)